天声人語で国語力をアップ

天声人語を読み直すのに、新聞の切り抜きや書き写しノートを持ち歩くのが面倒なので、ブログにアップしています。

敵対心は戦争の燃料~支那事変(日中戦争)

天声人語 2019/8/15より

1937年の夏、盧溝橋で日中が軍事衝突したとのニュースは、瞬く間に日本国内に広がった。日常風景の変化を切り取った短歌がある。〈事変おこりて客足たえし支那人床屋ニユウスの時をラヂオかけ居り〉日比野道男▼中国人の床屋はまちの人々になじんでいたことだろう。それなのに突然、誰も寄りつかなくなる。当時は事変と言われた日中戦争の始まった瞬間である。中国人と付き合うのをはばかるような空気が生まれたか▼「暴支膚懲」。そう言われてぴんと来る人は今、どれだけいるだろう。横暴な中国を懲らしめるとの意味で、政府が掲げた言葉だ。大義名分のはっきりしない戦争だからこそ、強いスローガンが必要だったのだろう。朝日新聞も追随し、煽り立てた▼当時の子どもたちの作文がある。「ぼくは、わるいしなのくにに生まれないでよかったと思いました。ぼくはしなのしょうかいせきや、そうびれいがにくらしくてたまりません」。蔣介石は当時の中国の指導者、宋美齢はその妻である▼首都南京が陥落したとラジオで聞いた時のことを書いた子もいる。「ぼくはいいきびといいました。おかあさんも、きびがいいなあといいました」(長谷川央著「教室の子供たち」)▼あの国が悪い。だから懲らしめる。政府やメディアが敵対心をあおり、その敵対心が戦争の燃料になる。日中戦争、そして太平洋戦争で経験したことである。そんな振るまいは完全に過去のものになったと、胸を張って言えるだろうか。

 

長谷川央著「教室の子供たち」(昭和17年出版:明石書房)は、書店では見つからなかった(国会図書館の蔵書にある)。