天声人語で国語力をアップ

天声人語を読み直すのに、新聞の切り抜きや書き写しノートを持ち歩くのが面倒なので、ブログにアップしています。

映画人の哲学

天声人語 2019/5/30より

 

初恋の女性を救えず悩む居酒屋店主、生き残った身を恥じる特攻隊員、少年時代の罪をひきずる刑事。先週84歳で亡くなった降旗康男監督の映画の主人公はそれぞれに屈折を抱える▼どんな主題でもこなせる器用な監督かと思っていたが、発注されてきっぱり断った作品がある。企業の創業者を主人公に据えた成功物語だ。「偉い人、立派な人は撮りたくない。世の中からはじき出された人の中にある美しさ、尊さを描いてこそ映画だと思う」。映画人生を貫く哲学である▼長野県松本市の生まれ。軍国主義を全身に浴びて育つが、ある日、教師から「この戦争は負ける。少年志願兵に決して手を挙げるな」と告げられ、衝撃を受ける。投獄覚悟の教えに、社会を見る目が一変したと語っている▼「映画人九条の会の主要メンバーの一人。「昨今の政治家の勇ましい言葉には危機感が募る」「日々醸成される空気が怖い」と折々に発言。 安全保障関連法案の審議が進んだ4年前の夏は、高畑勲さんらとともに法案反対の先頭に立った▼訃報に接して久々に代表作を見てみる。「駅STATION」の主人公は、先輩の命を救えずに苦悩する刑事。「鉄道員(ぽっぽや)」の駅員は、妻子を顧みずに生きて悔いに沈む。どちらも高倉健さんが静かに深く演じた▼いわゆる巨匠然とした映画人ではなかった。それでも弱く、はかなく、寂しい人間たちに寄せる共感は限りなく深い。ごく普通の人々の胸にしみわたる作品が数多く残された。

 

降旗康男