天声人語で国語力をアップ

天声人語を読み直すのに、新聞の切り抜きや書き写しノートを持ち歩くのが面倒なので、ブログにアップしています。

いま求められていること ~子どもの命を守るために~

天声人語 2019/6/19より

 

生まれた時からいつも一緒の双子には「ふた語」という言語があるらしい。周りには通じなくても二人だけでわかり合える言葉である。本紙の元記者でフリージャーナリストの川村真貴子さんの著書「双子ザウルス奮闘記」で読んだ▼川村さんの双子の息子も、おしゃべりする前から顔を見合わせては何か音声を発し、うなずきあっていた。 双子ならではの粋の始まりだが、一方で病気は別々だ。一人がかかると2、3日後にもう一人の調子が悪くなる▼「地獄の時間差攻撃」と川村さんは表現する。ミルクもうんちも時間差でやってくるのを想像すると、夫婦で手分けしても大変だろう。だから三つ子の子育てで不幸な事件が起きたとき、やりきれない気持ちになった▼愛知県豊田市で昨年、母親が11カ月の次男を床にたたきつけて死なせた。市の外部検証委員会による報告書が先日まとまり、母親の負担への気配りが行政に足りなかったと結論づけた。行政と医療機関の連携も不十分だったと▼相次ぐ悲しい出来事に引っ張られながら、行政や政治が動き出している。これ以上子どもの命が失われぬよう連携や情報共有の大切さが言われる。形だけに終わらせないために、 どうすべきか▼川村さんの別の著書には双子の育児経験者による座談会がある。「行政は声をあげれば助けてもらえる、声をあげていいんだ、ということを広く知らせることが必要だ」。声をあげること。あがらない声を聞き取ること。両方が、求められている。

 

双子ザウルス奮闘記

 

川村真貴子

警察官襲撃事件

k天声人語 2019/6/18より

 

「なにっ、ピストルをすられた?」。黒澤明監督の1949年の映画「野良犬」は、そんなセリフから始まる。警視庁の若い刑事が、バスの中で何者かに拳銃を盗まれた。やがてその銃を使った強盗事件が起き始める▼銃と犯人を必死に追うのが、三船敏郎演じる刑事である。そのぎらぎらしたまなこは、まさに野良犬のようだ。拳銃の中にあった実弾は7発。1発、2発・・・と使用され、残るは3発となった。これ以上犯行が続く前に逮捕できるか▼今回の実弾は5発だった。大阪府吹田市の交番前で警察官が刺され、拳銃を奪われた事件である。1発の銃声が付近にとどろいたらしい。それでも銃が殺傷に使われる事態は避けることができた。事件から丸1日、住宅地に近い山中で容疑者が逮捕された▼外出をやめ、雨戸を閉ざす。周辺の地域では眠れぬ夜を過ごした方も多かったろう。「子どもがまだ不安がっていて。落ち着くまではなるべく一緒にいてあげたい」。容疑者が逮捕された後も、そう語る母親の声が本紙夕刊にあった▼市民を守るための身近な交番と、そこにある拳銃。しかし警官が襲われ、銃が奪われる事件が散見されるようになった。対策の一つがカギの外しにくい新型の拳銃入れだったが、吹田の交番ではまだ導入されていなかった。 対応の遅さは、どこから来るのか▼黒澤の映画は、犯罪を描くとともに、動機の背景にある社会のひずみも描いている。今回の容疑者は何ゆえ警官に刃物を向けたのだろうか。

 

野良犬

遠隔手術の実用化に向けて

遠隔手術の実用化に向けて天声人語 2019/6/17より

 

心臓手術で長い経験を持つ、ある外科医の話である。手術の成功率は99.5%というから、大変な名医であろう。しかし彼は、「残り0.5%の亡くなった患者さんのことは忘れられない」と話す▼彼の机のガラス板の下には紙があり、命を落とした患者全員の名前と、その原因についてのメモが記されている。いつでも見えるようにしてあるのだという。インタビューをした木村俊介さんの著書「仕事の話」に出てくる▼たしかな腕を持ち、患者と真摯に向き合う医師。たとえ彼らが遠くにいても、通信とロボットを使って手術を受けられる。そんな時代が近いのだろうか。遠隔手術を数年以内に始められるよう、日本外科学会が動き出したと先日の本紙にあった▼人間の手ではなくロボットアームによる手術は、すでに始まっている。 将来は例えば、東京にいる医師が北海道の患者にメスを入れることなどが想定される。万が一手術中に通信が途絶えた場合、地元の医師にどう引き継ぐか。様々な対応策についての指針を作るという▼通信の進歩が、少し前なら想像もできなかった世界を可能にする。しかし空間を隔てることで心配になることもある。医師同士のチームワークは大丈夫か。患部でなく人間として向き合ってくれるか。 そもそも会ったことのない人に命を委ねるというのは、どういう感覚か▼いずれは国の垣根を越えた手術も可能になるかも、と想像してみる。そのとき医師と患者のつながりは、どう変わるのだろう。

 

木村俊介

香港の民衆に襲い掛かる巨人

天声人語 2019/6/16より

 

漫画「進撃の巨人」を初めて読んだ時のざわっとした感じを覚えている。高い壁に守られ、かろうじて平和な暮らしを営む街がある。しかし壁の外へ一歩出れば、人間を食らう巨人がうようよいる荒野なのだ▼その壁もやがて破られ、人びとは襲い来る巨人たちとの戦いを決意する。これはまさしく香港のことだ。そう思った若者たちが多かったのだろう。2014年、中国にのみ込まれるのを危倶し、民主化を求めた「雨傘運動」のさなか、漫画が読まれ引き合いに出された▼催涙弾よけの雨傘をシンボルに、大通りを占拠した運動である。それから約5年、雨傘運動の再来といわれる大規模なデモが香港で起きている。いま人びとが怒っているのは、刑事事件の容疑者を中国本土に引き渡すことができる 「逃亡犯条例」改正案だ▼運動家でも市民でも、中国当局ににらまれた者が別件で逮捕され、本土の裁判所に送られるのではと懸念されている。漫画になぞらえるなら巨人のいる荒野へと連れ去られるイメージか▼ 「一国二制度」のもと、香港には表現の自由があり、政治から独立した司法がある。そんな壁の一角が崩されようとしている。壁は、中国当局からすればたんなる障害物であろう。しかし本当は、中国の独裁体制のおかしさを映し出す鏡でもあるはずだ▼デモのうねりは政府を動かしつつある。香港の行政長官はきのう、条例改正案の審議を延期すると発表した。しかし人びとが求めているのは、あくまで撤回である。

 

進撃の巨人

 

雨傘運動

 

中国の独裁体制

画家クリムトにとっての女性とは

天声人語 2019/6/15より

 

無造作な髪、伸びたひげ、よれた仕事着―。東京都美術館で来月10日まで開催中のクリムト展を見て、何より意外だったのは、画家本人の肖像写真だ。金色を大胆にあしらった妖艶な女性像との落差にとまどった▼「外見には無頓着。生涯独身でしたが、女性関係は多方面にわたったようです」と担当の小林明子学芸員。超のつく有名画家の工房には、裕福な貴婦人や若い女性モデルが幾人も出入りした。隠し子騒動は十数件にのぼるという▼「私は自分に関心がない。他の人間、とりわけ女性に関心がある」「私について知りたい人は、私の絵を注意深く観察して」。自分について語ることの少なかったクリムトは、自画像をほとんど描いていない。 多いのは女性たちの絵である▼19世紀末、保守的な画壇と決別し、人物描写に新たな地平を切り開く。若くして画名は高かったが、身をくねらせる裸像を多用したその画風は、ときに検閲に触れ、ときに批判を招いた▼たとえば、政府から発注された名門ウィーン大学の天井。「哲学」「医学」「法学」の主要学部を象徴する3枚の絵を描いた。ところが完成作品にはいずれも一糸まとわぬ男女が描かれ、「醜悪」「不道徳」と非難を浴びる。絵は大学に飾られることのないまま、戦災で焼失した▼「ユディトⅠ」「女の三世代」「裸の真実」など代表作を見ながら、想像をたくましくした。この画家は生涯にどれだけの女性を描いたのだろう。胸を焦がす恋は何度あったのだろう。

 

クリムト

「なでしこジャパン」 監督の頑張り

天声人語 2019/6/14より

 

観客席も更衣室もないグラウンドで試合をし、木陰で着替えることも。20年ほど前、女子サッカーの選手はそんな環境に耐えた。遠征費が支給されず、試合をあきらめる選手も多かった▼開催中のW杯で「なでしこジャパン」を率いる高倉麻子監督(51)も、選手時代は途方に暮れた経験をもつ。移籍先のチームが半年で廃部に。 バブル崩壊で撤退する企業が相次いだころだ。「五輪出場も逃し、女子サッカーの氷河期でした」と自著でふりかえる(「個を生かし和を奏でる」) ▼なでしこと言えば、2011年W杯の優勝がなお記憶に新しい。震災に沈む日本中を勇気づけた。あの時代に輝いたベテラン勢が引退し、なでしこはいま世代交代の途上にある▼福島市育ちの高倉さんは小4から男子チームでボールを追った。中学以降、地元にはなかった女子チームに参加するため、週末に片道3時間かけて東京に通った。上野駅では家出少女に間違われる。説明すると「どうして女の子がサッカーを」と不思議がられた。中3で日本代表に選ばれ、2度のW杯と五輪で活躍した▼監督として臨んだ今大会、初戦は無念の引き分けに。現地で取材中の同僚によると、翌日には「サッカーの神様は簡単には勝たせてくれないなあ」とふっきれた様子で、選手ともにこやかに接したという▼第2戦は今夜。欧州の厳しい予選を勝ち上がったスコットランドが相手だ。 女子サッカーの最前線をずっと疾走してきた高倉さんの会心の笑顔が見られるか。

 

個を生かし和を奏でる

年金をめぐるお粗末な喜劇

天声人語 2019/6/13より

 

2007年の夏、各地の社会保険事務所に不安げな人々が列をなした。 5千万件もの年金記録が宙に浮いていることが表面化。本紙「声」の欄には「私の年金を返して」「社保庁に怒り心頭」といった投書が相次いだ▼その3年前の夏も年金の嵐が吹いた。 当時の小泉純一郎首相が、自身の厚生年金の加入問題で野党に追及される。「人生いろいろ、会社もいろいろ、社員もいろいろ」と開き直り、火に油を注いだ。 両年とも直後の参院選自民党議席を減らしている▼その敗北の記憶がまだ新しいのだろう。 金融庁有識者報告書が物議をかもすと、諮問をした麻生太郎金融相が受け取りを拒むという挙に出た。「選挙を控えておるわけで」。与党幹事長は下心も打算も隠さない▼ 「諮問」の諮のもとになった咨の字には、「祝詞を唱え、神になげきながら訴える」という意味がある(白川静「常用字解」)。神のごとき識見をとお願いしておきながら、最後にはしごを外す。お粗末な喜劇にしか見えない▼「世界でいち早く長寿化が進んでいる日本は、ほかの国々のお手本になれる」。長寿社会研究の第一人者である英国のリンダ・グラットン氏は、かねて日本の動向を注視してきた(「ライフシフト」)。おととし、安倍晋三首相肝いりの「人生100年会議」初会合にも招かれている▼有識者報告書をめぐる今回のドタバタ劇は世界の目にいったいどう映るのか。そして今夏の参院選年金問題はどんな風を吹かせるのだろう。

 

「年金問題」は嘘ばかり