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天声人語で国語力をアップ

天声人語を読み直すのに、新聞の切り抜きや書き写しノートを持ち歩くのが面倒なので、ブログにアップしています。

天声人語 2019/4/20より

4月の下旬になると、小さな悔いを思い出す。社会人1年目の春、ようやく就職し、せっかく初任給をもらいながら、家族に感謝の品すら贈らないまま終わってしまった。せめて食事に誘えばよかったと後々まで反省した▼漫画家深谷かほるさん(56)の代表作「夜廻り猫」に、初任給をめぐる一話がある。働き始めた若者が祖父をカレーチェーンCoCo壱番屋に誘う。差し向かいで夕食をとり、若者が財布を取り出す。「給料もらったらじいちゃんとうまいもの食べに行こうと思ってたから」。レジで支払いをする若者の背に、祖父は深く頭を下げ、手を合わせる▼読んで胸に迫るものがあった。作者の深谷さんに尋ねてみると、実話という。「新潟県のカレー店で知人が見たままを描きました」。通い慣れた店を選ぶ若者の素直さ、孫の好意に感激した祖父の表情。その両方に感じ入ったと話す▼「お給料をもらうのってすごく大変なこと。社会に出てからわかりました」と語る。職場があること、健康であること。いろいろな条件が重ならないと給与生活は送れない。深谷さんの実感である▼多くの職場では、来週あたりが支給日だろうか。三井ダイレクト損保は昨年、新社会人300人に初任給の使途を尋ねた。最も多かった答えは「親にプレゼントを購入」だった。貯蓄や外食、旅行を上回っている▼ 〈初任給にて娘の買いくれし広辞苑三十年繰りて共に旧りたり〉高原康子。贈られた側にとってはまさに一生ものの宝である。

天声人語 2019/4/18より

狙った金品は必ず手に入れる不死身の盗人ルパン三世。絵柄も話の運びもおよそ日本離れしている。作者はモンキーパンチ。人をくったようなその名を初めて見た日、どこか異国の漫画家だろうと思いこんだ▼本名は加藤一彦さん。北海道の東端に近い浜中町で生まれた。霧多布湿原を抱える静かな町である。家業のコンプ採りを手伝いつつ、「三銃士」や「怪人二十面相」を読みふける。定時制高校を卒業すると、漫画家を志して上京した▼出版各社に送った同人誌の表紙絵がある漫画誌編集長の目にとまる。デビューは28歳。「この絵は加藤一彦という雰囲気じゃない」。編集長の付けた筆名がモンキー・パンチだった。「ルパン三世」はアニメや映画になり、世代を超えて浸透した▼「漫画で描く霧や岩は故郷・霧多布の風景です」。北海道を訪れると講演でそう語った。浜中町商工観光課によると、飲食街の一角は「ルパン三世通り」と呼ばれる。おなじみの登場人物にちなむ「パブ不二子」「次元バー」の英字看板が空き店舗に掲げられ、人気の撮影場所である▼町内を走るJR根室線の3駅では、人物大の絵パネルが観光客を迎える。ルパンの名を冠した町おこし行事には加藤さん自身もたびたび参加し、笑顔を振りまいた▼温和で控えめ、偉ぶらない。広く慕われた漫画家が81歳で亡くなった。若いころ使ったという筆名「ムタ永二」のままだったとしたら、あれほど神機縦横なルパンの活躍はなかったかもしれない。

天声人語 2019/4/17より

冬空にきらめく星団すばる。漢字なら「昴」だが、沖縄では古くは「ぽれ星」、ハワイでは「マカリイ」と呼ばれた。先週亡くなった海部宣男さんの「天文歳時記』に教わった知識である▼宇宙の魅力を伝えることに心を砕いた天文学者だった。若いころから、ギリシャ神話や漢籍、江戸俳諧など古今の詩歌に親しみ、描かれた宇宙観を雑誌の連載で平易に解説した▼少年時代、星空に何かを発見したいと望遠鏡を手作りして、観察に熱中している。天文学の道に進み、宇宙に浮かぶガスやちりなど星間物質の研究に打ち込んだ。長野県の野山高原で電波望遠鏡の設計や建設に関わり、ハワイに設けられた日本の観測所では初代所長に。国際天文学連合の会長としても活躍した▼業績の第一は、建設を主導したハワイ・マウナケア山の高性能望遠鏡「すばる」だろう。1998年末、初観測で狙ったのはオリオン星雲。生まれたての超巨星が四方八方に衝撃波を放つ写真が世界の目をとらえた。「星の赤ちゃん、大暴れの図である」と観測時の興奮を自著に刻んだ▼戦争をめぐる科学者の責任についても積極的な発言を続けた。4年前、安全保障法制をめぐる強引な国会運営を憂え、「中韓との関係が悪化し、天文学研究の協力が進まなくなった」と反対の声を上げた▼詩文を読んでも名画を見ても、思考の焦点は宇宙や天体にしっかりと結ばれていたようである。享年75。少年時代から飽かず見つめた天空へ静かに戻っていった。

動物園を結ぶネットワーク

天声人語 2019/4/14より

熊本市動植物園の獣医師松本充史さん(46)は、3年前の夜、残業中、強烈な揺れに見舞われた。真っ先にたしかめたのは猛獣たちの安否である。トラ、ユキヒョウ、ライオンなど5頭とも無事だった。だが、問い合わせの電話が次々入る。「ライオンが逃げ出したんですか」▼SNSを見ると、夜の住宅街を歩くライオンの写真が拡散していた。「動物園からライオン放たれたんだが熊本」。悪質なデマである。ネットが不調で、正確な情報を公式サイトで発信するのに一昼夜を要した▼前震と本震で、園は混乱を極める。獣舎は傾き、液状化した土砂が流れ込んだ。何より困ったのは断水だ。動物は水なしでは生きられない。さらなる揺れを警戒し、猛獣を避難させることも決まった▼阪神や東日本など大震災をへて、動物園は災害支援の輪を育ててきた。動物園や水族館を結ぶ組織が、水族館用の巨大水槽を届けてくれたほか、猛獣の受け入れ先も斡旋。災害時では初めてという猛獣の県外避難が実現した▼園が全面的に再開したのは昨年の暮れ。福岡、大分両県に預けていた5頭も帰ってきた。ライオンの雄サン(10)は、避難先から結婚相手の雌クリア(5)を連れて帰還。相性がよく繁殖が期待できるため、「熊本の復興に資するなら」と譲渡されたという▼生まれ変わった施設、職員の得た教訓を学ぼうと、他県の動物園から視察がやって来る。地震大国日本で、動物園を結ぶネットワークがよりいっそう深化することを願う。

シマウマの縞模様は虫よけだった

天声人語 2019/3/13より引用

かつて日本では赤い色に厄よけの力があると考えられ、はやり病の疱瘡(天然痘)にも効くとされた。江戸期には患者の部屋の屏風に紅色の衣服をかけ、入り口に赤く染めた暖簾をたれたという。患者の肌着は紅紬や紅木綿で作った▼さらに看病をする人も赤い衣類を用いたと、酒井シヅ著「病が語る日本史」にある。そうやって疱瘡の退散を願い、感染を防ごうとしたのだろう。種痘という予防法が確立する以前の必死の対策である▼もちろん天然痘ウイルスに赤はなすすべもない。一方、 こちらの動物が身にまとう黒と白の組み合わせには、はっきりした抑止効果があるという。シマウマは縞模様のおかげで虫に刺されにくいのだと英ブリストル大などの研究チームが発表した▼普通のウマたちに黒、白、縞模様の3種類のコートを着せ、飛び回るアブの動きを観察した。結果は、縞模様にアブが止まる回数が圧倒的に少なかった。縞がアブの目をくらませている可能性があるという。病気を運ぶ虫だけに効果はばかにならない▼興味深いのは、縞模様が何のためにあるのか、長く論争が続いてきたことだ。肉食動物に襲われにくくする説や体温調節に役立つ説などがあるらしい。あの簡単な実験で決着するなら「コロンブスの卵」であろう▼ゲノム編集だのクローンだの、先端の生命科学がニュースになる昨今、ローテクな生物の話は新鮮である。できれば虫に刺されない色合いの服なども開発してくれないかと、期待したくなる。

性犯罪は魂の殺人

天声人語 2019/4/13より

昨年のノーベル平和賞を贈られたデニ・ムクウェゲさんは、コンゴ民主共和国の婦人科医である。紛争下で性暴力にさらされた女性たちをずっと支援してきた。その長い経験から彼は言う。「レイプは性的テロリズムだ」う。▼紛争地でなくても、性犯罪が被害者にとって、理由もなく襲い来る恐怖であることに変わりはない。混乱や絶望、あるいは凍り付くような感覚が、被害者の口から語られる。「魂の殺人」と われるゆえんである▼そんな被害に苦しむ多くの人たちの心を、もう一度殺すような判決ではないだろうか。当時19歳だった実の娘と性交したとして準強制性交罪に問われた父親に対し、名古屋地裁岡崎支部が無罪を言い渡した▼被害者は中学生の頃から性的虐待を受け、拒むと暴力を振るわれることもあった。事件当時、父親の精神的な支配下にあったことも、被害者の意に反する性交だったことも、裁判官は認めている。しかし結論は「抵抗不能の状態だったとは判断できない」となった▼子どもを守るはずの家庭は、ときに恐ろしい密室にもなる。長く続いた虐待があり、その延長線上に今回の事件もあるという事実を軽視した判決ではないだろうか。検察は判決を不服として控訴した▼一昨年の刑法改正では、被害者の告訴がなくても性犯罪が成立するなど、前進がいくつか見られた。それでもほだ、実態に追いついていない部分があるのかもしれない。魂を殺す行為が、法の網から漏れることがあってはならない。

闇を解き明かす科学の進歩

天声人語 2019/4/12より

「影は光よりも大きな力をも語っている」。15~16世紀を生きた芸術家レオナルド・ダビンチが書き残している。影は物体から完全に光を奪うことができるが、光は影を追い払えない。光はどうしても影を作ってしまう▼ダビンチの絵画から感じるのは、描かれた影の重さと深さである。闇に包まれた男が浮かびあがる「洗礼者ヨハネ」では、十字架さえ暗がりに紛れる。描きたかったのはヨハネではなく闇だったのでは。そんな気すらしてくる▼一昨日、宇宙の闇が映し出された。初めて撮影に成功したブラックホールの姿は、光る輪の中にあった。入ったら絶対に抜け出せないというから宇宙の墓場のイメージがある。しかし写真からはどこか活力さえ感じる相対性理論をもとに「ある」と言われてきた穴だ。見えたからどうなるという気がしないでもないが、5500万光年を隔でた画像には重みがある。世界6カ所の望遠鏡が人間に換算して「視力300万」を実現した▼考えてみれば科学の進歩とは、私たちの視力を拡大する道のりかもしれない。17世紀に、ガリレオが望遠鏡で星を眺め、レーウェンフックが顕微鏡で微生物を見つめた時から。宇宙、海中、ミクロの世界へと視線が向けられてきた▼「われわれの世界は微小な星屑にすぎず、宇宙では針の尖ほどにしか見えない」。望遠鏡などない時代、科学者でもあったダビンチは書いた。想像すること、確かめること、解き明かすこと。これからも歩む道のりであろう。